日本版ICS入門

災害ボランティア向け日本版ICS入門講座

はじめに

東日本大震災から6年が経とうとしていますが、私たち災害ボランティアもこの間、様々な教訓や知識から学び、杉戸町での「協働型災害対応訓練」も4年間に及びます。それでもなかなか災害ボランティアのネットワークが構築できないのには様々な原因が考えられますが、少なくともいくつかの学習会や提言、前例も出始めています。ここでは、それらを踏まえながらも単なる翻訳や受け売りでない災害ボランティアへ向けての日本版ICSを稚拙でも総まとめして提示することで次に進めたいと思います。※追加資料として昨年度の協働型訓練でのICSテキストもPDFで読めるようリンクしておきます。コンパクトに」まとまっていると思いますのでこれもご活用ください。

 

FEMA(アメリカ合衆国連邦緊急事態管理庁)とICS

まず、そのためには中央で統制するイメージのFEMAについて少し考えておきます。政府や政治家が日本版FEMA創設を見送り、それゆえ、結局はICSは米国の仕組みで、日本における法的根拠もないから自治体などで採用もされず普及をあきらめる。またはそもそもICSがわからないし、訳語も理解できず著作権から利用を断念するといった消極的な流れがあります。それでもなおそのメリットを積極的に活用しようという実践者からのニーズや先進的防災関係者も多くなっているとも感じます。

しかし、そもそも国家体制から米国は合衆国であり、地方分権、ボトムアップ型の民主主義国家で、実はFEMAの組織もコマンド・システムという言葉から連想されるような官僚的なトップダウンする実行部隊というより、わずかな正規職員の他は多くのボランティア組織に支えられて、まさに他の州や団体をボトムアップ型で連携、「支援・調整する」機関だといわれています。それは恐らくFEMA自体がICSで成り立っているのではないでしょうか。

この間、私たちが蓄積してきた体験・経験は、大規模災害における「自助7:共助2:公助1」という現実の中でどう普通の市民が自分たちの力を最大限に結び合わせて災害対応に当たれるかという問題意識を作りあげています。そこから現在までの各組織的な「災害対応業務における課題」を抽出し、改善できる手法を模索しているのです。その問題が、災害に対する知識や技術は当然ながら、一番肝心なのはマネジメントの問題だということに気がつきました。

Self Management(自己管理)のシステム化

そこで発見されたのが米国のICS(Incident Command System)であり、日本の災害対策の多くが地震、水害、台風などといった現象で分けた考え方、技術優位に対して、むしろ横串を貫く、あらゆる災害(All Hazard)に対応するためにグローバルに通用する「標準化」されたマネジメント概念、マネジメント・ツールであるということです。
さらにその基本は、米国流建国の民主主義の原理ともいうべき、Self Management(自律・自己管理)といった、日本で定着が難しいボランティア精神の発揚にあるような気がしています。
それが、最近流行っているドラッガーが提唱しているような非政府セクターのマネジメント、つまり、「個々の担当者に自らの業務目標を設定、申告させ、その進捗や実行を各人が主体的に管理する手法」という組織化イノベーションのひとつとしての「目標による管理(Management by Objectives:MBO)」にあると思います。言い換えれば活動の原点は「働き方改革」の「現場に任せる」という、まさにボランティア的な発想ではないでしょうか。

この原理原則こそ、目的(目標)・戦略(計画・企画)・優先順位(リソース・スキルのマッチイング)といったICSなのだと理解しています。アメリカでは災害や事故の規模に応じて「災害」はIncident, Emergency, Disaster, Crisisの4段階に分けていますが、災害のマネジメントでなぜ「Incident Command System」なのかというと、一番小さな災害事故やイベント運用のシステムを学習することでどんな種類の大規模災害まで対応できるという考え方があるといわれています。
つまり、小さな災害対応マネジメントを取り入れることで、突然奪われる災害・事故による日常、普通の暮らしの中で、再度、暮らしを取り戻すコミュニティ形成能力を、平時から民主主義的な市民活動として身に着ける手法なのではないでしょうか。まさにこのシステムを学ぶことは、災害という非常事態に対応するだけでなく、平時からのコミュニティ形成、民主主義を効率的に強化するスキルや知識を一般市民にもたらすのではないかと考えているのです。

さて、また前置きが長くなりましたが、ICSが単なる技術というより、この共有すべき理念的な理解や方向を通して読み解かないと、例えばCommandやControlといった訳語が「一元的管理」「命令」といった強い権限や管理主義的な誤解で、日本的組織から脱せない混乱を生む原因になるのではないかと感じるからです。ICSの原理はそう複雑で難しいものではないと思いますが、それを難しくしているのはこうした基本理念の理解不足なのだと常々感じていましたので、蛇足かとは思いましたが、はじめにということで書かせていただきました。

それでは、ここからは「ICSの組織と役割」「組織上の行動原則」「作戦行動」といった側面からまとめたいと思います。これらは米国のICSを基本としていますが、ここに書かれているのは日本版で日本の災害ボランティアへ向けての指針であるという意味においてはある一方的なものかも知れません。ご一読の上、ご意見をいただきながらさらにオープンな議論や研究を加えて再構築するための叩き台だということご理解ください。

 

ICSの組織と役割

災害ボランティア組織

災害ボランティアにとって必要なのは個人的な救助技術といったスキルはもちろん、まずは人間同士のコミュニケーション能力だと思います。私自身は障がい者の就業支援のNPO法人の代表をしていましたから、個人のスキルの重要性はわかっているつもりです。車椅子の方の道路通行、駅での扱い、聴覚障害、視覚障害の方への声のかけ方など学習が前提でコミュニケーションをとる必要があるよに、災害ボランティアが学ぶべき個人的なスキルにもそれぞれノウハウがあります。しかし、同時に災害支援は個人だけのスタンドプレーでは終わりませんし、始まりません。それには必ずどこかのネットワークや団体に所属する、参加する。あるいは団体・組織を形成することです。それには当然「情報手段」が不可欠です。そして「組織力」が基本となります。
例えれば、登山です。単独登山で登山計画も出さず、家人にも行き先も伝えず入山し、遭難したらどうなるでしょうか?それに似て、災害現場は遭難現場と同じになります。例え、救助するつもりでもこの単独行動、組織なしの現場への駆けつけは危険な行動になります。そこで、災害ボランティアになるためには、まず自分を「組織化」する力が必要です。でなければ個々の各組織をネットワークし、マネジメントするというICSといったシステムを理解する意味もありません。

では「組織」とは何でしょう?これも例えになりますが、戦後、南の島で何年も戦い続けた「忘れられた日本軍兵士」の話題が二つあります。一つはグアム島で孤独に生き続けた横井さんです。もう一つは、3人の兵士が住民とゲリラ戦をしてしまった、小野田少尉と2人の上等兵たちの悲劇です。
後者は、あまりいい例ではありませんが、「軍隊」としての組織を忘れず、住民に危害を加え、そのため残念なことに戦闘で2人の兵士は射殺されてしまいます。平和なはずの戦後に起こった悲劇ですが、1人残った小野田さんはそこで初めて投降することになります。それは彼が中野学校卒の情報将校であり、そのミッションを貫いた軍人だったからなのでしょうが、ここではこれ以上深入りはしません。
この例をなぜ上げたかお判りでしょうか?要するに人間が生き抜くときに、個人のスキルだけでなく、いい悪いは別として2人以上いればそれは組織であり、組織としての行動原理が生まれます。また組織が、ある作戦行動を継続させるには、この場合は「軍隊」としての組織が相互けん制して、人数が少なくてもそうした組織としての共通の原理が個人を統制するということです。ここに組織のマネジメントが伴う訳です。だから、まず災害ボランティアになるには、この「組織化」を意識することが重要になると理解してほしいと思います。必ず災害現場に駆けつけるためには自らを「組織化」する努力が求められるのです。

 

現場責任者Incident Commander

自己管理Self Managementの集積という組織化のマネジメントの中でのポイントはリーダーの存在です。ICSの一番小さな単位(Unit)は現場での指揮官とスタッフ、いわゆる実行部隊のチームでしょう。ある事故、小さな災害現場で対応する警察官や消防団などのイメージです。当然、現場に対応する警察官1人の場合もあるでしょうし、火事現場に駆け付けた消防団というメンバーが複数の場合もあります。
この時、現場に対応する人間がincident Commanderです。別の言い方では、現場にいち早く駆けつけた人間という意味でFirst(早い) Responder(対応者:レスポンスには責任という意味もあります)ともいえます。彼の仕事と責任は、現場の安全確保、関係者への通報・連絡、情報提供です。そして、関係当局との連携確立、維持をした上で、自分のできる範囲の行動を起こすべく、目的(目標)、戦略、優先順位を考えます。これが数人の消防団のような場合は、チームの中のリーダー、あるいは現場に真っ先に到着した人が現場指揮官(incident Commander)になります。
この前提は彼らは既に大きな組織の要員として現場に到着(現着)しています。つまり、バックボーンに大きな組織を背負っていて、そことの情報交換も彼らの存在を支えています。だから、その組織とのコミュニケーション力も求められるということが前提になります。彼らは事故や災害対応のプロであり、現場にいち早く到着、対応する人間という意味で一般的には「ファーストレスポンダーFirst Responder」と呼ばれます。
それに対して「コミュニティ・ファースト・レスポンダーCommnuty First Responder」という言葉があります。これは災害ボランティアの中で「市民救助隊」という名で、自分たちのコミュニティの現場でどんな活動ができるか、市民の救助力を身に着けようという組織化でもあります。
例えば、駅や街中で隣の人が急に倒れたとします。そのとき現場で責任を持って周囲の人々のリーダーになって、救急車を呼ぶよう依頼する。近くのAEDを持ってきてもらう。AED到着までに心肺蘇生を行う。必要なら胸骨圧迫で心臓を動かすといった行動がその場に居合わせた市民がチームとして連携できるかです。
団体によっては「セーフティ・リーダーSafety Leader」と呼び、同じように市民、隣人が命を救えるか、地域での災害や事故に対応できるリーダーを養成してるものもありあます。小さな現場では、そのあとプロに引き継ぐとしても、そうした市民が多くなれば延命数はもっと増えるという活動や症例がたくさんあります。
まずは日常的な救助スキルを一般の市民が学習する重要性が理解され、各地域でこのCFRやSLという活動が普及していくことが、災害ボランティア確立の基本になるでしょう。そのために「国民総CFR構想」計画も夢想されています。緊急時にとっさにこうした声掛け、救命処置ができるか、学校や地域で日常的に災害ボランティアを養成することが私たちのミッションでもあります。ちなみにアメリカではそうしたICSネットワークとしての自主防災組織CERT(Community Emergency Response Teams)がFEMAの指導で組織化され発達しています。

 

TeamとBuddyの指揮の一元化(Unity of Command)

このとき、複数人数がゆえのチーム編成の基本ルールがあります。まず、ある程度訓練を受けた1人のリーダーが現場指揮官になります。そして、チーム(班)は5人編成(人数によっては3人~7人でも可)、2人ずつの組(バディBuddy)を作ります。これが統制範囲(Span of Control)という、1人の人間が効果的に監督管理できる人数を決めているICSの原則です。
同時に複数の消防団が駆けつけてもそれぞれにチーム(班)を編成しながら、同じ構成で5チームくらいになるまでは各班のリーダを1人の現場指揮官が統括する組織になり、報告はチームリーダー(班長)を通じて現場指揮官に集中、情報や命令は指揮官から班長に流します。これが指揮の一元化(Unity of Command)というルールで、仕事の割り当てや報告は直属の上司だけという決まりです。これはコミュニケーションが乱立しないようにするためには必ず守らなければなりません。位が上だ、経験が豊富だとしても現場での状況をいち早く知っている現着を優先するという決まりです。

もし、災害の規模が拡大し、1人の現場指揮官だけではすべてを網羅しなくなり、対応が難しくなると沢山のチームや団体が動員されます。そこでは人数に応じた部門を立ち上げることになり、現場指揮官は、各部門の長に権限を委譲する形で、最上位の現場指揮官に実行部隊Operation Sectionが再編成されると共に、企画・計画部Planning Section、後方支援部Logisitics Sectionが編成され、さらに大規模になると必要に応じて財務・総務部門Finance/Administration Section部門が立ち上がります。こうしてICSでは一番小さな組織の原則が柔軟に拡大し、同じ原理原則で大規模災害にも対応できる大部隊を貫くマネジメントシステムとして機能するのです。

 

Command and Control

そして、この大規模な組織を統括するために指揮官専属スタッフとして補佐役になる、指揮官が持っていた3つの現場指揮機能の補完に分けられます。それが情報公開や連絡網、マスコミ対策の広報官Public information officer、各部門の安全衛生管理を担う安全担当官Safety Officer、渉外・交渉の調整官Liaison officerで、彼らは現場指揮官の意思決定をサポートするものであって、代わって意思決定する役割ではありません。
それぞれの役割、仕事内容はなんとなくわかるかもしれませんが、安全担当は最近の災害ボランティア養成講座などでも広がっている安全衛生などの知識が必要で、その資格などある意味ではプロであり、広報官もその場でICTやSNSを活用できるプロボノ、調整官もリエゾンと呼ばれて関係部局や各自治体などと広域連携ができる交渉・折衝能力など、平時からトレーニングや人脈情報網を作っておくなど重要なポジションであると思います。そして、こうした権限移譲や分権、仕事の分担は情報の遅滞や判断遅れをなくし、さらに統合的な幕僚チームによって、現場の分からない名誉職のトップの形式的組織ではできない現実的効果的な組織を有機的に連携させるのです。

 

 

関係機関調整会議Unified Command

これらの組織が大きくなると、各現場指揮官や部門指揮官を一堂に集め、調整する会議を開きます。それが「統合指揮Unified Command」です。ここで様々な機関や行政、災害ボランティア組織が混合し、統合された大きなひとつの災害対応チームを形成することになります。これは災害現場での救援資機材、支援物資、医療物資などとともに限られた人数などのリソース(資源)を無駄なく、無理なく有効に活用する、「指揮と統制Command and Control」と呼ばれますが、これがICSの重要なマネジメント原則でもあります。
つまり、「指揮と統制」という言葉はわかりにくいのですが、一元的管理と言いながら、この組織は野球のような監督が試合中に細かく指示を出すというより、どちらかというとサッカーやラグビーの監督と選手のような関係だといわれています。つまり、サッカー、あるいはラグビーの監督はベンチにも入らず試合が始まればあとは選手の判断で自由にプレーさせます。試合前や休息時間に選手たちは監督の指導や指示を受けますが、刻一刻と変わる試合場では、個々の選手同士の連携プレーが勝負の分かれ道になります。言い換えるとこの監督の役割が「指揮」であり、現場では選手が自己管理「統制」しながら作戦に従事するというイメージです。

この統合指揮Unified Commandの特徴とメリットこそICSがゆえの効果を出すのだと思います。それは各組織がバラバラに動き、にわかに集められた烏合の衆ではなく、ひとつの共通の目標を持ち、単一の統合された組織構造、資機材や設備、スタッフなどの資材の共有、単一の作戦行動を取る大きな部隊を作ることになるからです。
各部門や隊員は、危機対応に関しての同じ情報と同じ目標、優先順位や制約について共通理解を持ち、協調的な戦略を展開、取り組みの重複や無駄な資源の浪費がなくなり、効果的な結果を生むのです。

結論からいえば、実際にはいくつかの行政、自衛隊、警察、消防、バラバラな災害支援団体、勝手に集まる個人が災害現場や緊急事態で集合します。そのすべてに求められるのは「協働」であり、この統合指揮を可能とするための調整機能です。その調整Coordinationがうまくマネジメントされなければ、ムリ・ムダのない効率的な救援ができないということです。ですからICSは「諸機関調整システムMulti-Agency Coordination System」とも呼ばれています。
大切なことは、バラバラの組織が情報を共有し、目標・方針、優先順位の確立で、現場での資源問題をスムーズにする協働体制づくりへの積極的な参画という意識ではないでしょうか。だからICSは「緊急時調整システムIncident Coordination System」というのが正解なのかも知れません。(つづく)