日本版ICS入門

災害ボランティア向け日本版ICS入門講座

はじめに

東日本大震災から7年が経とうとしていますが、私たち災害ボランティアもこの間、様々な教訓や知識から学び、杉戸町での「協働型災害対応訓練」も5年間に及びます。それでもなかなか災害ボランティアのネットワークが構築できないのには様々な原因が考えられますが、少なくともいくつかの学習会や提言、前例も出始めています。ここでは、それらを踏まえながらも単なる翻訳や受け売りでない災害ボランティアへ向けての日本版ICSを稚拙でも総まとめして提示することで次に進めたいと思います。
※追加資料として昨年度の協働型訓練でのICSテキストもPDFで読めるようリンクしておきます。コンパクトにまとまっていると思いますのでこれはこれで研修会などにご活用ください。(平成30年2月加筆)

 

FEMA(アメリカ合衆国連邦緊急事態管理庁)とICS

まず、そのためには中央で統制するイメージのFEMAについて少し考えておきます。政府や政治家が日本版FEMA創設を見送り、それゆえ、結局はICSは米国の仕組みで、日本における法的根拠もないから自治体などで採用もされず普及をあきらめる。またはそもそもICSがわからないし、訳語も理解できず著作権から利用を断念するといった消極的な流れがあります。それでもなおそのメリットを積極的に活用しようという実践者からのニーズや先進的防災関係者も多くなっているとも感じます。

しかし、そもそも国家体制から米国は合衆国であり、地方分権、ボトムアップ型の民主主義国家で、実はFEMAの組織もコマンド・システムという言葉から連想されるような官僚的なトップダウンする実行部隊というより、わずかな正規職員の他は多くのボランティア組織に支えられて、まさに他の州や団体をボトムアップ型で連携、「支援・調整する」機関だといわれています。それは恐らくFEMA自体がICSで成り立っているのではないでしょうか。

この間、私たちが蓄積してきた体験・経験は、大規模災害における「自助7:共助2:公助1」という現実の中でどう普通の市民が自分たちの力を最大限に結び合わせて災害対応に当たれるかという問題意識を作りあげています。
そこから現在までの各組織的な「災害対応業務における課題」を抽出し、改善できる手法を模索しているのです。その問題が、災害に対する知識や技術は当然ながら、一番肝心なのはマネジメントの問題だということに気がつきました。

Self Management(自己管理)のシステム化

そこで発見されたのが米国のICS(Incident Command System)であり、日本の災害対策の多くが日本の災害の特性を考慮した地震、水害、台風などといった現象で分けた考え方、技術優位に対して、むしろ、災害の特性や警察、消防、行政といった既成組織の横串を貫く、あらゆる災害(All Hazard)に対応するためにグローバルに通用する「標準化」されたマネジメント概念、マネジメント・ツールとしての災害対策に力点があるということです。
さらにその基本は、米国流建国の民主主義の原理ともいうべき、Self Management(自律・自己管理)といった、日本で定着が難しいボランティア精神の発揚にあるような気がしています。「ボランティア」の語源が内発的自発的な「志願兵」というところでもあるでしょう。
それが、最近流行っているドラッガーが提唱しているような非政府セクターのマネジメント、つまり、「個々の担当者に自らの業務目標を設定、申告させ、その進捗や実行を各人が主体的に管理する手法」という組織化イノベーションのひとつとしての「目標による管理(Management by Objectives:MBO)」にあると思います。言い換えれば活動の原点は「働き方改革」の「現場に任せる」という、まさにボランティア的な発想ではないでしょうか。

この原理原則こそ、目的(目標)・戦略(計画・企画)・優先順位(リソース・スキルのマッチイング、トリアージ)といったICSなのだと理解しています。アメリカでは災害や事故の規模に応じて「災害」はIncident, Emergency, Disaster, Crisisの4段階に分けていますが、災害のマネジメントでなぜ「Incident Command System」なのかというと、この一番小さな災害事故やイベント運用のシステムを学習することでどんな種類の大規模災害まで対応できるという考え方があるといわれています。
つまり、小さな災害対応マネジメントを取り入れることで、突然奪われる災害・事故による日常、普通の暮らしの中で、再度、暮らしを取り戻すコミュニティ形成能力を、平時から民主主義的な市民活動として身に着ける手法なのではないでしょうか。まさにこのシステムを学ぶことは、災害という非常事態に対応するだけでなく、平時からのコミュニティ形成、民主主義を効率的に強化するスキルや知識を一般市民にもたらすのではないかと考えているのです。

さて、また前置きが長くなりましたが、ICSが単なる技術というより、この共有すべき理念的な理解や方向を通して読み解かないと、例えばCommandやControlといった訳語が「命令」「一元的管理」といった強い権限や管理主義的な誤解で、日本的組織から脱せない混乱を生む原因になるのではないかと感じるからです。ICSの原理はそう複雑で難しいものではないと思いますが、それを難しくしているのはこうした基本理念の理解不足なのだと常々感じていましたので、蛇足かとは思いましたが、はじめにということで書かせていただきました。

それでは、ここからは「ICSの組織と役割」「組織上の行動原則」「作戦行動」といった側面からまとめたいと思います。これらは米国のICSを基本としていますが、ここに書かれているのは日本版で日本の災害ボランティアへ向けての指針であるという意味においてはある一方的なものかも知れません。ご一読の上、ご意見をいただきながらさらにオープンな議論や研究を加えて再構築するための叩き台だということご理解ください。

 

ICSの組織と役割

災害ボランティアの組織化

災害ボランティアにとって必要なのは個人的な救助技術といったスキルはもちろん、まずは人間同士のコミュニケーション能力だと思います。私自身は障がい者の就業支援のNPO法人の代表をしていましたから、個人のスキルの重要性はわかっているつもりです。車椅子の方の道路通行、駅での扱い、聴覚障害、視覚障害の方への声のかけ方など学習が前提でコミュニケーションをとる必要があるように、災害ボランティアが学ぶべき個人的なスキルにもそれぞれノウハウがあります。しかし、車椅子で障がい者と出かけるボランティアは、できるだけ2人がいいとしてきました。介護施設での支援でも職員は多いに越したことはありませんし、必ずそれぞれ役割を持ちチームでの体制を作ります。現代の介護や医療はチームワークの賜物です。
同じように災害支援は個人だけのスタンドプレーでは終わりませんし、始まりません。ここ最近では単独の個人ボランティアでなく、自立型組織的なボランティアが求められてきましたし、支援物資も勝手に送らないでほしいといわれています。必ずどこかの組織や団体に所属する、参加する。あるいは団体・組織を形成することです。それには当然「情報手段」やコミュニケーションが不可欠です。そして「組織力」「組織化」が基本となります。
例えれば、登山です。単独登山で登山計画も出さず、家人にも行き先も伝えず入山し、遭難したらどうなるでしょうか?それに似て、災害現場は遭難現場と同じになります。例え、救助するつもりでもこの単独行動、組織なしの現場への駆けつけは危険な行動になります。
そこで、災害ボランティアになるためには、まず自分を「組織化」する力が必要です。でなければ個々の各組織をネットワークし、マネジメントするというICSといったシステムを理解する意味もありません。例え個人の参加であるとしても、意識の中で自分を「組織化」することこそ、個人であっても「災害ボランティア」としての「自律」になると思います。そのために個人であってもICSは学ぶ必要があるのです。

では「組織」とは何でしょう?これも例えになりますが、戦後、南の島で何年も戦い続けた「忘れられた日本軍兵士」の話題が二つあります。一つはグアム島で孤独に生き続けた横井さんです。もう一つは、3人の兵士が住民とゲリラ戦をしてしまった、小野田少尉と2人の上等兵たちの悲劇です。
後者は、あまりいい例ではありませんが、「軍隊」としての組織を忘れず、軍事行動から住民に危害を加え、そのため残念なことに戦闘で2人の兵士は射殺されてしまいます。平和なはずの戦後に起こった悲劇ですが、1人残った小野田さんはそこで初めて投降することになります。それは彼が中野学校卒の情報将校であり、そのミッションを貫いた軍人だったからなのでしょうが、ここではこれ以上深入りはしません。
この例をなぜ上げたかお判りでしょうか?要するに人間が生き抜くときに、個人のスキルだけでなく、いい悪いは別として2人以上いればそれは組織であり、組織としての行動原理が生まれます。また組織が、ある作戦行動を継続させるには、この場合は「軍隊」としての組織が相互けん制して、人数が少なくてもそうした組織としての共通の原理が個人を統制するということです。ここに組織のマネジメントが伴う訳です。
だから、まず災害ボランティアになるには、この「組織化」を意識することが重要になると理解してほしいと思います。必ず災害現場に駆けつけるためには自らを「組織化」する努力が求められるのです。

災害対応には、「敵(災害)を知り、己(自分たちの組織)を知らざれば百戦危うからず」というところで考える癖をつけたいものです。
ICS組織の機能(Function)は、現場責任者(Incident Commander)のもとに、以下の実行部隊Operation Section、情報・企画・計画部Planning Section、後方支援部Logisitics Section、財務・総務部門Finance/Administration Section という5つがあり、それを1人の現場指揮官が持ってもよいし、必要に応じて独立した組織に分け、拡大していく(Function approach)ことで大きな組織化が図られます。それではそれぞれの機能と役割など詳細を見てみましょう。

 

現場指揮・責任者(Incident Commander)

自分を「組織化」することは、必ずしも本当に集団を作るという意味ではないことはご理解いただいたでしょうか? それでも先の例えでは、小野田少尉は上官というリーダーとして小隊を指揮し、2人の兵士を組織化しました。そして、現実に組織が維持できない段階で自分を解任し、投降したのです。これは日本兵的というより、戦後でも組織を作ってゲリラ戦を展開するという中野学校の教えであり、自決せず投降することも合理的だというグローバルな軍人教育の結果だったのかもしれません。
彼は自己管理ができる人間だったのではないかと私は思います。つまり、自己管理Self Managementの集積という組織化のマネジメントの中でのポイントはリーダーの存在です。リーダーは、状況を正しく把握する必要があります。「木を見て森を見ない」では足りません。全体の中にどう自分たちを位置づけ、その一員として活動するという想像力が求められます。それは「知る⇒学ぶ⇒行動する」という流れでしょう。
ICSの一番小さな単位(Unit)は現場での指揮官とスタッフ、いわゆる実行部隊のチームです。ある事故、小さな災害現場で対応する警察官や消防団などのイメージです。当然、現場に対応する警察官1人の場合もあるでしょうし、火事現場に駆け付けた消防団というメンバーが複数の場合もあります。
この時、現場に対応する人間がIncident Commander(現場指揮官)です。別の言い方では、現場にいち早く駆けつけた人間という意味でFirst(早い) Responder(対応者:レスポンスには「責任」という意味もあります)ともいえます。
彼の仕事と責任は、現場の安全確保、関係者への通報・連絡、情報提供、そして、自分のリソースやスキルに合わせた現場対応、救急活動です。関係当局との連携確立、維持をした上で、自分のできる範囲の行動を起こすべく、目的(目標)、戦略、優先順位を考えます。これが数人の消防団のような場合は、チームの中のリーダー、あるいは現場に真っ先に到着した人が現場指揮官(Incident Commander)になります。
この前提は彼らは既に大きな組織の要員として現場に到着(現着)しています。つまり、バックボーンに大きな組織を背負っていて、そことの情報交換も彼らの存在を支えています。だから、その組織とのコミュニケーション力も求められるということが前提になります。彼らは事故や災害対応のプロであり、現場にいち早く到着、対応する人間という意味で一般的には「ファーストレスポンダーFirst Responder」と呼ばれます。
それに対して「コミュニティ・ファースト・レスポンダーCommnuty First Responder」という言葉があります。これは災害ボランティアの中で「市民救助隊」という名で、自分たちのコミュニティの現場でどんな活動ができるか、市民の救助力を身に着けようという組織化でもあります。(その詳しい内容はこのサイトのCFRの項をお読みください)
例えば、駅や街中で隣の人が急に倒れたとします。そのとき現場で責任を持って周囲の人々のリーダーになって、救急車を呼ぶよう依頼する。近くのAEDを持ってきてもらう。AED到着までに心肺蘇生を行う。必要なら胸骨圧迫で心臓を動かすといった行動がその場に居合わせた市民がチームとして連携できるかです。
団体によっては「セーフティ・リーダーSafety Leader」と呼び、同じように市民、隣人が命を救えるか、地域での災害や事故に対応できるリーダーを養成してるものもありあます。小さな現場では、そのあとプロに引き継ぐとしても、そうした市民が多くなれば延命数はもっと増えるという活動や症例がたくさんあります。このとき現場に居合わせたリーダー的な市民が事実上の「現場指揮官(Incident Commander)」であり、救急隊のプロが到着したら権限を委譲して医療機関へ搬送、任せることになり、立派なICSの実践者となっている訳です。
まずは日常的な救助スキルを一般の市民が学習する重要性が理解され、各地域でこのCFRやSLという活動が普及していくことが、災害ボランティア確立の基本になるでしょう。そのために「国民総CFR構想」計画も夢想されています。緊急時にとっさにこうした声掛け、救命処置ができるか、学校や地域で日常的に災害ボランティアを養成することが私たちのミッションでもあります。ちなみにアメリカではそうしたICSネットワークとしての自主防災組織CERT(Community Emergency Response Teams)がFEMAの指導で組織化され発達しています。

 

TeamとBuddyの指揮の一元化(Unity of Command)

このとき、複数人数がゆえのチーム編成の基本ルールがあります。まず、ある程度訓練を受けた1人のリーダーが現場指揮官(コマンダー)になります。ですから「災害ボランティア養成」ではこのリーダー研修が重要になります。
そして、チーム(Team)「班」は5人編成(人数によっては3人~7人でも可)、2人ずつの組(バディBuddy)を作ります。これが統制範囲(Span of Control)という、1人の人間が効果的に監督管理できる人数を決めているICSの基本原則です。「バディ」という言葉は海保の救難映画(海猿)などでも広く知られるようになってきました。

同時に、複数の消防団や救助隊が駆けつけてもそれぞれにチーム(班)を編成しながら、同じ構成で5チームくらいになるまでは各班のリーダ(班長)を1人の現場指揮官(コマンダー)が統括する組織になり、報告はチームリーダー(班長)を通じて現場指揮官に集中、情報や命令は指揮官から班長に流します。
これが指揮の一元化(Unity of Command)というルールで、仕事の割り当てや報告は直属の上司だけという決まりです。これはコミュニケーションが乱立しないようにするためには必ず守らなければなりません。位が上だ、経験が豊富だとしても現場での状況をいち早く知っている現着を優先するという決まりです。また1人に直接部隊や班のメンバーが押しかけて情報を伝えるのではなく、一元的な流れでありながらリーダーが共有できるルールが確立します。そして、現場指揮官の同意の上で、上位の部隊が到着したら権限を委譲して再編成することになります。

もし、災害の規模が拡大し、1人の現場指揮官だけではすべてを網羅しなくなり、対応が難しくなると沢山のチームや団体が動員されます。そこでは人数に応じた部門を立ち上げることになり、現場指揮官は、各部門の長に権限を委譲する形で、最上位の現場指揮官に実行部隊Operation Sectionが再編成、拡大されると共に、情報・企画・計画部Planning Section、後方支援部Logisitics Sectionが編成され、さらに大規模になると必要に応じて財務・総務部門Finance/Administration Section部門が立ち上がります。こうしてICSでは一番小さな組織の原則が柔軟に拡大し、同じ原理原則で大規模災害にも対応できる大部隊を貫くマネジメントシステムとして機能するのです。

 

指揮機能の細分化

そして、この大規模な組織を統括するために指揮官専属スタッフとして補佐役になる、指揮官が持っていた3つの現場指揮機能の補完に分けられます。それが情報公開や連絡網、マスコミ対策の広報官Public information officer、各部門の安全衛生管理を担う安全担当官Safety Officer渉外・交渉の調整官Liaison officerで、彼らは現場指揮官の意思決定をサポートするものであって、代わって意思決定する役割ではありません。
それぞれの役割、仕事内容はなんとなくわかるかもしれませんが、安全担当は最近の災害ボランティア養成講座などでも広がっている安全衛生などの知識が必要で、その資格などある意味ではプロであり、広報官もその場でICTやSNSを活用できるプロボノ、調整官もリエゾンと呼ばれて関係部局や各自治体などと広域連携ができる交渉・折衝能力、調整能力など、平時からトレーニングや人脈情報網を作っておくなど重要なポジションであると思います。
そして、こうした権限移譲や分権、仕事の分担は情報の遅滞や判断遅れをなくし、さらに統合的な幕僚チームによって、現場の分からない名誉職トップの、形式的組織ではできない現実的効果的な組織を有機的に連携させるのです。
特に現在のところ日本においては「災害対策本部」に災害ボランティアが入ることはなく、蚊帳の外に置かれることが多く、被害状況や各救助組織の動き、社協中心の災害ボランティア・センター(VC)設置などにどう連携できるか、ボランティア団体から行政やそれらへの「協働推進」を担うネットワーカー、コーディネーター役の調整役(リエゾン)の役割は非常に重要です。「協働型」訓練の成功の可否も、この調整官Liaison officerにかかっているといえるでしょう。

 

 

関係機関調整会議(Unified Command)と指揮と統制(Command and Control)

組織が大きくなると、各現場指揮官や部門指揮官を一堂に集め、調整する会議を開きます。それが「統合指揮Unified Command」です。これは災害ボランティア団体だけの場合もありますが、「協働型災害対応訓練」を通じて、ここで様々な機関や行政、災害ボランティア組織が混合し、統合されたさらの大きなひとつの災害対応チームを形成することになります。同じUnified Command「統合指揮」でも拡大された意味で、日本語では「関係機関調整会議」と呼ぶことで理解できます。現実には「災害対策本部」となるところですが、そうなるよう努力したいと思います。
ここでは災害現場での救援資機材、支援物資、医療物資などとともに限られた人数などのリソース(資源)をムダなく、ムリなく、ムラなく有効に活用する、会議と決定が行われます。そこでは「指揮と統制Command and Control」と呼ばれる管理が行われ、これがICSの重要なマネジメント原則でもあります。
つまり、「指揮と統制」という言葉はわかりにくいのですが、一元的管理と言いながら、この組織は野球のような監督が試合中に細かく指示を出すというより、どちらかというとサッカーやラグビーの監督と選手のような関係だといわれています。
つまり、サッカー、あるいは特にラグビーの監督はベンチにも入らず試合が始まればあとは選手の判断で自由にプレーさせます。試合前や休息時間に選手たちは監督の指導や指示を受けますが、刻一刻と変わる試合場では、個々の選手同士の連携プレーが勝負の分かれ道になります。言い換えるとこの監督の役割が「指揮」であり、現場では選手が自己管理「統制」(セルフ・コントロール)しながら作戦に従事するというイメージです。

この統合指揮Unified Commandの特徴とメリットこそICSがゆえの効果を出すのだと思います。それは自衛隊や消防のように常設で訓練を受けた集団でなく、サッカーのナショナルチームのように、普段は各クラブチーム組織がバラバラに活動しているメンバーが、にわかに集められた烏合の衆ではなく、ひとつの共通の目標を持ち、単一の統合された組織構造、資機材や設備、スタッフなどのリソースの共有、単一の作戦行動を取ることができるよう大きな部隊を作ることになるからです。
各部門や隊員は、危機対応に関しての同じ情報と同じ目標、優先順位や制約について共通理解を持ち、協調的な戦略を展開、取り組みの重複や無駄な資源の浪費がなくなり、効果的な結果を生むのです。

結論からいえば、実際にはいくつかの行政、自衛隊、警察、消防、バラバラな災害支援団体、そして勝手に集まる個人が災害現場や緊急事態で集合します。そのすべてに求められるのは「協働」であり、あたかも一つの組織や軍隊のように救助活動に当たらなければなりません。特にボランティア個人の勝手な行動は慎まなければなりません。。
この統合指揮を可能とするための調整機能こそICSです。その調整Coordinationがうまくマネジメントされなければ、ムリ・ムダ・ムラのない効率的な救援ができないということです。ですからICSは「諸機関調整システムMulti-Agency Coordination System」とも呼ばれています。
大切なことは、バラバラの組織が情報を共有し、目標・方針、優先順位の確立で、現場での資源問題をスムーズにする協働体制づくりへの積極的な参画という意識ではないでしょうか。だからICSは「緊急時調整システムIncident Coordination System」というのが正解なのかも知れません。

 

指揮部(Command)

それでは繰り返しの部分もありますが、より細かな組織と役割をみてみましょう。まずICSでは全体をコントロールする基本のセクションは指揮部(Command)と呼びます。日本流にいえば「本部」ですが、この言葉は各行政の本部から各組織の本部まで同じで実際上混乱していますので、あえて「協働型訓練」では本部機能を指揮部と呼びましょう。

この指揮部(Command)は、最初に立ち上げられます。繰り返しになりますが、現場指揮官(Incident Commander)が宣言することで開設されます。「ハッピーフライト」という映画では旅客機の機長が飛行機の故障で羽田に引き返す際に「エマージェンシーを宣言しますか?」と聞かれて、宣言すると機内のスタッフはもちろん、空港や航空会社のすべてのスタッフが一斉に準備態勢に入るシーンがありますが、災害支援部会では災害発生時に普段のメーリングリストが「災害対応」というモードになるという具合です。

この宣言で机上は普段の書類や地図などが片付けられ、被災地、あるいはそこまでの大きな地図が広げられ、現場指揮官(Incident Commander)が現状把握をすることになります。まず「敵」を知ることで作戦会議を招集する準備を行うのです。このとき最近では「GISを活かしたCOP(状況認識の統一:Common Operational Picture)」が活用されます。そして、ICS Form用紙が用いられ、各部門や班にブリーフィングとともにインタラクティブに情報や戦術・行動計画が行き交うことになります。ですから先に情報計画部隊が立ち上がる場合もありますが、基本的にはこの指揮部門には以下のサブ部門である幕僚・参謀のセクションが必要に応じて指名され開設できることになります。

・広報官Public information officer、 彼は市民、関係者、報道などへ情報を配布するスポークスマンで、資料作成の責任者です。マスコミ対策、写真・映像、SNSなどICTスキルの高い人材が求められます。

・安全担当官Safety Officer、 彼は、各部門の安全衛生管理を担う有資格者で、指揮官に全員の安全に関して助言するとともに、唯一、例外的に指揮命令系統(Chain of Command)をバイパスし て作業中止を宣言できる権限を持つ存在です。熊本災害では避難所の感染症対策など、後方支援部隊の医療班などと連携して公衆衛生、安全などまで担当することから医師や看護師などの専門家を任命すべきだと思います。

・渉外・交渉の調整官Liaison officer、彼は災害対応に従事、協力、支援している関
機関との連絡調整を一元的に担当し、各部門・部隊の最大の能力を出させ、重複や二度手間がないように調整する、「協働型災害対応」には重要なポジションとなります。

この3つのセクションはそれぞれにアシスタントを持つことでチームを作ることができますが、指揮部自体も現場指揮官の下にこの3チームのスタッフがICSの仕組みで編成されます。指揮部が関係者調整会議を開く場合は、そのスタッフにもなります。

つまり、単独指揮(Single Command)でない大規模な緊急事態や災害の規模に応じて合同指揮(Unified Command)の場合、複数の関係機関(警察・消防・行政・自衛隊、民間支援機関、その他)が協働で現場対応に参加する場合は、指揮系統を一元化するための関係機関が指揮官または調整官を合同指揮部に送り、関係者調整会議での合議形式で意思を決定することになります。

また、部隊を編成するため集結した各団体、個人のチェックインと任務・役割が決まるまでの待機する場所(Staging Areas)を準備します。

さらに大きな災害(例えば東日本や首都圏直下)規模になると、いくつかの自治体エリア合同の「地域・方面指揮(Area Command)を立ち上げ、埼玉県、東京都や内閣が設置する拡大関係者会議とともに、作戦や後方支援における役割が決定することになるのでしょう。これはもう国レベルでのICSの領域で、日本では当分、実現できないと思われます。

 

実行部(Operations)

指揮部以外の4つの部(Section)を一般幕僚(General Staff)と呼びますが、その中で一番大きな部隊になるのが、この実行部の組織でしょう。実行部の役割は、計画を実行して、戦術的な目標を達成することにあります。実際に初動での「救援・救助部隊」「避難所開設部隊」「支援物資配布部隊」「食料・炊き出し部隊」「医療部隊」「泥かき出し部隊」や「復旧部隊」「避難所運営部隊・ケア」など災害の実情に合わせてその都度計画、編成される実働ボランティア部隊のこと。

そのために、人や物などの勢力(実力・リソースResources)を把握し、小さな単位では現場指揮官の直接指揮の下で行動し、規模に応じて、班長、地区隊長、支部長、部長といった組織化が編成されるというボトムアップ方式で統率されます。そのリソースには次の3つの種類があります。

・単独リソース(Single Resource):単独の個人参加や持ち込み資機材
・混成部隊(Task Force):組織化された災害ボランティア団体(リーダーがいる)
・専門部隊(Strike Team):救助犬団体、ヘリ操縦士団体など同一種類の専門家集団

※ここでの注意点は、少なくとも実行部隊に編制される団体、個人は初任者研修やICSの100、200といったコースの学習者が望ましいでしょう。未学習、未経験者は、少なくとも後方支援部隊での研修、講習期間を経て編入させます。

 

計画情報部(Planning)

大人数の実行部隊に比べ、専門家集団、あるいは実行部からの航空やマッピング、情報系、危険物、環境などの専門家も組み入れての様々な予測や計画を実行するセクションになります。スタートからCOPを携えて指揮部との連携でまさに幕僚、参謀として動く人材集団といえるでしょう。
情報企画部の任務は、「敵(災害)」情報の収集、現状をマップに落とし、後での作戦会議でのブリーフィング資料の作成、現状のリソース(人、物)の集計、把握、評価とともにICS Formに記入、作戦計画を練り、実施後の報告書などを作成します。

人員配置には、情報計画部長(Planning Section Chief)と必要に応じて自分をアシストする副部長(Deputy)を置き、その下にこれも必要に応じて4つの係(Unit)を置きます。またこれも必要に応じてスタッフとして指揮部に編入される場合もあります。

人材資材係(Resources Unit):まずは己を知るべく、集まってきたリソース(人、資機材)のチェックインを担当し、現在、どのような人員や部隊編成が可能か、どんな資機材があるか管理します。

災害状況係(Situation Unit):敵(災害)を知る、偵察の責任者。最新状況を常に把握し、状況報告、各部隊へのブリーフィング掲示、地図やプロジェクター原稿などを作成します。
この上記の2チームにより「百選危うからず」の「協働型支援」が実現します。全ての作戦の情報と計画を立案する資料を提供する大事な部署でプロが担うセクションです。

文書係(Documentation Unit):現場作業計画(Incident Action Plan)を作成するとともに、すべての報告書、関連文書を管理します。ICSの用紙や様式に精通した人員です。
解除係(Demobilization Unit)作戦終了や必要のないリソースの任務解除計画を作成します。また、今後の補充を予測し、募集計画を作ります。

 

 

後方支援部(Logistics)

後方支援部は、通信の確保、医療、食料補給、支援物資の管理、施設管理、人員や物資、機材、燃料の手配、輸送手段確保など現場対応に必要な後方支援全般を行うセクションです。部長(Logistic Section Chief)及び必要に応じて副部長を置くことができます。そして、次の2つの支部(Branch)及び係(Unit)の役割があります。

補給支部(Service Branch)

  • 通信係(Communication Unit):通信計画、通信機器の配布、保守、通信所(Incident Communication Center)の開設、管理を担当します。
  • 医療係(Medical Unit):医療、救急輸送、臨時医療施設設置及び医療従事者管理など
  • 食料係(Food Unit):水、食料提供を担当。

 

支援支部(Support Branch)

  • 手配係(Supply Unit):必要な人員、資機材の手配担当。全てのリソースの手配、準備はこの係を経由する。この係がない場合は、後方支援部長が責任を持つ。
  • 施設係(Facilities Unit):災害ボランティア用基地(Base)やキャンプ(Camp)などの施設の設置、維持・管理を担当する。
  • 輸送支援係(Ground Support Unit):輸送手段の手配や燃料補給を担当。支援物資の管理、分配なども補助する。

(この項は書きかけです)